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梅々

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恵方:東北東

開けば俺に喧嘩を売ってばかりいる口が、今は静かに恵方巻きをくわえて、咀嚼する。こんな時ばかりは大人しい、そう昔は思っていたが、出会ってから数年たった今、相変わらず嫌われているのがわかるがそこまで無意味に罵倒されることは少なくなった。
総悟も成長したのだ。俺の腰までしかなかった背も、今は俺の方ぐらいまである。剣の腕も抜かれた。物憂げな顔をするようにもなった。
「そうちゃん、ちゃんとお願い事を思い浮かべながら食べた?」
食べ終えた総悟に茶を差し出しながらミツバが問う。ちらり、俺を見やってから総悟は頷いた。
「……はい、姉上」
どうせ俺が死ぬようにだとかくだらないことなんだろう。例年そうだった。
そこまで嫌われねばならないことをしたのか、俺は。ただ、ミツバや近藤さんと親しくなっただけだ。不可抗力でしかないだろう、八つ当たりだ。そう思うが、幼かった総悟にはその小さな世界に俺が出現したことが許せなかったのだろう。
総悟が俺を好ましく思わないのも当然なのかもしれない。


それが、確か武州をでる年の節分のことだった。あれから総悟は、恵方巻きは食べず専ら節分は俺に全身全霊をこめて豆をまくようになった。
「なぁ」
「なんでさ」
射精後の倦怠感に身を任せうつ伏せに寝転ぶ総悟の上に覆い被さるようにして抱きしめる。重いと文句を言われたが気にせず襟足に鼻先をすり付けていれば煩わしそうに身をよじる。
「おまえ、恵方巻き食うときに何を願ったんだ」
俺を本当に嫌っているのならこの行為を許しはしないだろう。だが、文句なしに俺を好いているわけでもないのは知っている。複雑に様々な感情が入り交じっているだろうことも。
だから、豆を投げるだけでなく、俺を呪いながらでも恵方巻きを食った方が効果があるだろうに。それなのにしないのは、それをする意味を見いだせないからなのだろうか。
「……俺、あんたと姉上が幸せになるようにって思いながら恵方巻き食ったんでさ。でも、全然叶わなかった。だから意味ねぇなって」
……挙げ句の果てにこんなことになっちまってるし。
そういって総悟は振り向いて、俺の額に口づけた。
惚ける俺を余所に、寝返りを打ち俺と向かい合った総悟が腕を伸ばしてくる。
「総悟」
「俺のもんになんてならなくてよかったのに」
言いながら抱きついてくるのが、こいつらしい。
こんな素直じゃなくていじらしいおまえを、無碍になどできやしない。
「俺が選んだんだ、文句は言わせねぇよ」




拍手ありがとうございます。
頭痛・のどの痛み・鼻づまり。風邪でしょうか。

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