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梅々

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後編。

今日は母上の誕生日でした。

ケーキ食べてない。またもや。











それでは土方誕生日ネタ後編。そこまで祝えてないような……。

とにもかくにもおめでとう。






































月下点











夕飯食いに行きたい。

ごろごろしながらぽろりともらしたら割り勘でならいいですよと財布のなかを確認しながら山崎が言った。今度は俺が、財布の中にいくら入ってるか思い浮かべる。バイト代にはまだ手をつけてないから、それなりには懐はぬくい。じゃあたまには割り勘でもいいかと、頷いた。



「お姉さんはいいんですか?」

「姉ちゃんは婚約者とお食事でさ」

「なるほど」



だからメールさえすればいいと、ごろりと横になりつつかしかしと文面を打つ。枕にした山崎の脚は硬くて寝心地が悪い。でも、携帯を見るとちらちら山崎の顔が視界に入って面白い。緊張した顔をしている。雑誌じゃなくて俺を見て、ゆっくりとページをめくる。こくりと喉が動いたのを見たら、急にとても触りたくなって、そっと腕を伸ばし、喉元に触れる。



「お、沖田さん?」

「案外喉仏ちゃんと出てんのな」

「俺も、沖田さんに触っていいですか?」

「なに、欲情したのかィ」



返事はなくて案外ごつい手が、同じように俺の喉元を撫でた。凹凸の乏しいそこを人差し指の背が擽る。こそばゆくて顎を下げて喉元を少し隠す。

 山崎は、存在感薄くて地味だけど、パーツだけ見ると男らしくできている。指や手の形、大きさ、喉仏もはっきりと出ているし、脱いだら地味に、すごい。そんなことを思いながら両手を伸ばしてぺたぺたと頬やら首筋やらに触れていたら、ぽつりと山崎が言った。



「しますよ、欲情」

「え」

「俺だって健全な男子大学生ですから。好きな人の傍にいて、こんな風に触りあってたら、当然でしょ?」

「んっ」



頬を撫でた指が、耳の後ろを軽く引っ掻いてぴくりと肩が跳ねた。思わず出た声に、山崎の喉が鳴る。

告白してきたときと同じぐらい真剣に、俺を見ている。じっと見つめ返していると、ふと笑みを浮かべた。優しく、ぽんぽんと額を叩かれる。

こんな風に触るのは山崎だけだ、しかもこういうときだけ。あの人たちみたいに優しく、でも何か堪えるような触り方。むず痒さが胸を覆って、堪えきれずに額に触れたままだった手を握りしめた。

すると今度は、自由な左手が耳たぶを弄ってくる。穴を開けてから一月も経ったから、触れられても怖くもないがこそばゆい。これを開けさせたとき、山崎はびびってたことを思い出してふっと笑う。自分で開けんのは嫌で、山崎にやってほしくて、珍しく俺が一生懸命頼み込んだ。嫌がる山崎にやらせる、というところはいつも通りだけれど。



「まだ早いですけど、先に夕飯食べに行っちゃいませんか。そしたら夜、ゆっくりできるでしょう」

「うーん。じゃあ行っちまうか」



こうして、いつも山崎は俺に手を出さない。顔見れば本当に、求められているのが分かるのに、あと一歩、というところで堪える。俺は別にいいのに、拒んでなんかないってのに。意気地無し、と罵るのは簡単だけど、そういう問題じゃないのだろう。いくら俺がいいと言っても流されない。

なんでそんな我慢するんだろうか。俺はお前のもんじゃないの。付き合うってそういうことなんじゃないのか。

ななめがけの鞄を肩にかけた山崎の後ろ姿をちらりと見るけれど、何を考えているのかわからない。

そう、よく分からないのだ。くだらないことを考えているときは分かるけれど、こういうときは何を考えているのか微塵も表に出さない。欠片すら掴ませない。土方さんより、分かりづらい。

先に外へ出た山崎を待たせ鍵をかけていると、背後で、あっと声が聞こえた。何だと振り向くと同時に、風に乗って届いた苦い匂い。



「よう」

「――っ」

「土方さん」



声が出なかった俺の代わりに、あの人の名を呼んだのは山崎だった。

燦々と差す西日に艶々と黒い髪が照らされている。此方を真っ直ぐに見つめる眼差しの強さは相変わらずだ。瞳孔が開いているのも見た目は全く、卒業式の日から、変わらない。

そんなことよりも、何故此処にいるんだ。この町を出て一人暮らしをしているのだろう。ゴールデンウィークだから戻ってきたのか。今日誕生日だし、家族にでも祝ってもらうために。彼女に祝ってもらえばいいのに、土方さんならすぐにできただろう。彼女がいるのに戻ってきたとか? それもあり得そうだ、土方さんのお母さんは何だかんだ土方さんを溺愛している。

それならなんで、俺の家の前にいるんだ。たまたま通りがかっただけか。それなら早く去ればいいのに、じっと俺を見てやがる。

そんな風に見るな、不快だ。



「お久しぶりでさァ。土方さん」

「久しぶりだな」



漸く言葉が滑らかに生まれた。密かに安心しつつ、鍵をポッケに突っ込み、山崎の隣に並び立つ。土方さんまで二歩の距離なのが居心地悪くて、山崎の腕を引いて早速歩き出す。腹が減って堪らない、ふりをしながら。



「そんじゃ俺らは飯食いに行くんで」



言って脇をすり抜けようとする。ああとか分かったとかじゃあなとか、返されて終わるだろうと思っていたら、左腕に衝撃が走った。掴まれた、と認識して振り向く前に今度は俺の腕がぐいと引かれて、縋るように掴んでいた山崎の腕を離してしまった。

え、意味が分からない。



「ひ……」

「山崎悪い、飯はまた今度にしろ。総悟借りる」

「あー……はい」

「ちょっとやだ山崎!」

「すみません沖田さん、また学校で」



俺を置いて話を進めて、山崎が寂しそうに笑って背を向けた。なんで寂しそうなんだ、あれか、俺と飯を食えなくなったからか。他の男にとられりゃそりゃ寂しいか、ならば引き止めろよ、俺は土方さんといたくないんだから!

言いたいのに色々引っ掛かって言えない。諦めきった顔をした山崎の顔がちらついて、後ろ姿が小さくなって角を曲がるまで、ただじっと見ているしかできなかった。なんということだ、この俺が。

後ろ姿が見えなくなってもぼんやりとそちらを見つめていれば、くいと腕を引かれた。ついうっかり、存在を失念していたけどそういえば土方さんがいた。



「家上がるぞ」

「ふざけんな。折角飯食いに行く予定だったのに何してくれやがるんでィ。あー腹立つ」

「なら、俺と食いに行くか?」

「アンタと食ったら飯が不味くなりまさァ。用があんでしょ? なんですかィ」



山崎も帰っちまったことだし、外にいる意味はないのだけれど。土方さんを家に上げたくなくて、部屋で二人っきりなんかになりたくなくて、玄関前に立ち塞がる。俺の部屋でも、何度もした。寒い寒いと言いながら、蝉の声を聞きながら。溺れていた。きもちいいから夢中になっていた。だってうら若き男子高校生だったのだから。土方さんもそうだったのだろう。意外ではあるけれど。

言葉を待つ。けれど、言葉を選ぶように、選んだ言葉を咀嚼するように視線を俺から反らし、そして躊躇う素振りを見せる土方さんに焦れったくなって考えを変える。



「っオイ、総悟?」

「喉渇いたんで中入りやす。言いたいこと纏まったら呼んでくだせェ」



鍵を開けつつ、背後の土方さんに欠伸混じりに返す。こんな煮えきらない土方さんは滅多に見られない。珍しいものだと思うが、会わない間に変わってしまったのかもしれない。よりヘタレに。それはそれで可哀想。

思いながら玄関へ入りスニーカーを脱ぐ。右足を脱ぎ終えて片足上げた瞬間、がちゃんとドアの閉まる音がして背後からぐいと、引き寄せるようにして抱き締められた。



「お前、俺のもんじゃねぇのかよ……」

「ひじかた、」

「なに山崎なんかにふらついてんだ」



そんな物言い、山崎がかわいそう。

思ったことをそのまま唇から音に乗せて弾けば、ちっと舌打ちを寄越された。そのまま両肘を掴まれてひっくり返される。バランスがとれなくて、靴下を履いただけの右足をついてしまう。汚れてないか、現実から逃げるように思いながら下を向く。それでも腕を掴む目の前の野郎も匂いも消えはしない。

おかしいな、この人はこんなところにいるはずないのに何やってんだろう。何で山崎は行っちまったんだろう。俺を置いて。



「総悟」

「なんでさ」

「なんでさじゃねぇよ。分かってんだろ」



心底弱った声に顔を上げる。形のいい、いつもはつり上がり気味の眉が今は情けないことになっている。

わかってる?

何を?

だって俺とあんたは快楽に溺れたお猿さんだろう。近場で手頃で試したら具合もよかっただけ。そうじゃないのか。

まるで俺を好きかのような言いようにわらっちまう。独占欲でもでたのだろうか。あまりにも相性がぴったりだったから、捨てるのが惜しくなったとか。



「俺今山崎と付き合ってんでさ。浮気はできねぇ」

「……俺とは切れてないだろう」

「アンタと俺は付き合ってなかったでしょう」



言えば、ひゅっと空気を吸い込む音がして、切れ長の瞳が真ん丸くなった。中学生の頃を思い出す、少し幼い顔つきになる。

まさか、俺たち付き合ってたの。

知らずに声に出していたのだろう、止めを刺してしまったらしい。申し訳ない、誕生日なのに。そういや誕生日だ。カレンダーを思い出した。あれは何かのフラグだったのか。



「そういや誕生日おめでとうございやす」

「今言うかフツー。……俺はおまえのそういうところが、好きだけどよ」

「好きって、アンタに初めて言われた」



 山崎は、何気にしょっちゅう俺のことを好きだと言う。まるで何かを確かめるように。山崎が、俺を好きなことを確認していたのだろうと思っていたけれど、もしかしたら試されていたのは俺だったのかもしれない。

たった一言に、胸が熱くなった。嘘だ、土方さん相手にこんなことになるなんて。胸がどきどきする。ありえない、山崎相手にだってこんな風にはならなかった。

俺はこの人が好きなのか。そんな、嘘だ。こんな薄情ものを。ヘタレを。好きになんてなるか。

それなのに顔が熱くなってきて、隠すように俯いた。



「総悟、好きだ」

「ちょっと待っていまそれどころじゃあ、」

「おまえ山崎とヤったのかよ」

「それとこれとは話が違うでしょ」

「ヤってねぇんだろ。それが答えだ」



嘘。嘘嘘。

だって俺は山崎にならいいって本気で思ってた。山崎が、手を出さないだけで。何で山崎は堪えていたんだ? 関係が変わるのが怖いからだろう。それ以外に理由はないだろう、あっちゃいけない。

俺の体は土方さんしか知らない。それは操立てとかではないのに。



「おまえは俺を、好きなんだよ」

「催眠術かけんのやめてくだせェ」

「もう分かってんだろ。そうじゃなきゃ、おまえが俺とヤるはずがない」



それを言われたら頷くしかない。ちらりと顔をあげて土方さんを見る。余程俺の顔が情けないことになってると見える、土方さんが嬉しそうな顔をした。

寂しいから俺は、山崎と付き合っただけだったのか。好きなのは本当なのに。だんだん濃くなる煙草の香りに近づく唇に、山崎に申し訳なさを感じた。

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